金剛力士鍋#3

そうこうするうちに新大阪駅に着いた。
「ほら見ろ。あれだ。」
駅構内を歩いていた田山さんが指さす先に、ちゃんこ屋さんの大きな広告が見えた。
さっきの写真よりはだいぶ年を取った中年の東郷さんが回しを締め、ブルドッグの笑顔で写ってる。ちょんまげはないけど、こっちのほうが男臭くて愛敬がある。
店の名前を見て俺はぞくりとした。「金剛力士鍋」!!
「おいおい、全部の客に東郷の糞を食わせてるわけじゃないぞ。俺たちが今日と明日振る舞われるのは裏メニューだ。」
ですよね・・・。
「全く同じ名前だったんでびっくりしました。」
「表と裏をわざと一緒にしてあるんだ。回し姿も父からの要求でな。東郷はうまく笑っているが、確か撮影中は尻に極太バイブを突っ込まれて最強で震動させられていたはずだぞ。
谷町の言うことは絶対だからな。驚いたか。はっはっは。」
尻にバイブを突っ込まれて回し一本で立たされた姿をこんなにでかでかと広告に載せられてしまうなんて。
東郷さんの広告は何本か電車を乗り継ぐ間にも目にした。ほんとに大阪では有名なチェーンで、東郷さんは有名人なんだ・・・。
でも、みんなが見ている東郷さんは尻に最強震動のバイブを深々と突っ込まれてるんだよな。快感を必死でこらえて作った笑顔なんだよな。勃起で回しが膨らまないように、懸命に耐えていたんだろうか。
田山さんの裏話を聞いた後では、このでかいおじさんについていろいろと変な想像をしてしまう。
「あの、うそじゃないんですよね?」
4枚目の広告を指さして俺がおずおずと尋ねる。
「尻に入ってるって話か?はっはっは。確かに大阪のもんはちょこっと盛ってまうけどな、それは正真正銘ほんまの話や。
もっと言うたら東郷はな、実直が回し締めて歩いてるようなもんや。うそもろくにつかれへん男やから、なあんも心配いらんで。はっはっは。」
 
俺たちは東大阪市のとある駅で降りた。
「本店はそれこそ谷町にあるんだが、俺たちが通されるのは関係者だけが知る本物の本店だ。優ちゃんの未来を見込んで俺が連れていってやろう。」
一見さんお断りの店ってやつだ・・・。
「す、すげえ。ありがとうございます。」
「まあ、驚くのは店に入ってからにしろ。こっちだ。」
田山さんの後ろについてこちょこちょと小道を曲がる。駅で見た広告もなければ、「金剛力士鍋」の看板らしき物もない。古い民家の間を縫っている感じだ。
「ここだ。」
いきなり現れたシャッターの前で田山さんは立ち止まった。近くに大通りがあるらしく、車の走行音が絶え間ない。
え?看板一つないけど、今は休業中ってこと?
すると、田山さんは迷うことなく横手に回り、古めかしい鉄の扉を静かに開けた。
「さあ、入れ。」
言われるがままに中へ入った俺は思わず「あっ!」と声を上げてしまった。
人が数人乗れそうなでっかい木のテーブルに5脚の広い椅子。短辺に据えられた椅子は目を引くほど広くて大きい。力士が座りそうな椅子だ。
隣には調理を見せるためのキッチン。テーブルと対面ではなく、横並びの関係になっている。
そして、店の中央をどうどうと占領していたのは初めて見る本物の土俵だった!
「東郷さーん!着いたでー!」
田山さんが大声で呼ぶと、がこん、と奥のほうで何かを置く音がした。
それから、へへへ、と軽く笑いながら、山の岩壁のようにでかい親父さんが割烹着姿でぬうっと姿を現した。広い白髪頭にきりりとはちまきをしている。
「おこしやす、田山はん。へへへ。」
照れ隠しのように柔らかく笑う年老いたブルドッグの顔に、俺の頭はじーんとなった。ものすごく純朴な人だ・・・。
羽倉さん、ごめん。俺、東郷さんの大ファンになりそうです。
「東郷さん。こいつが東京からのお客さんでな、優ちゃん言うんや。」
「優ちゃんでっか!えらい遠くから足を伸ばしてくださって!大変でっしゃろ?田山はんに振り回されて!」
うわ、その笑顔がかわいすぎる。図体でかすぎ。声でかすぎ。
「なあんも振り回してへんわ。ただ東郷さんの恥ずかしい話を教えてただけやで、ほんま。」
「ワテの恥ずかしい話?!そらぎょうさんありまっしゃろ!田山はん、そんなん困りますで、ほんま!」
田山さんと東郷さんはまさしく旧くからの知己という感じだ。とても楽しそうに会話をぶつけ合っている。その勢いに俺はしばらく呆然となった。
ひとしきりしゃべり終えると、東郷さんが大きく一歩前に出た。そして俺の顔に目線が合うように少し屈み込むと、正面から見つめて言った。
「すんまへんなあ、大事なお客さん置いてけぼりでしゃべくってもうて、日が暮れるとこでしたわ。
改めまして、優ちゃん。お初にお目にかかります、ワテが東郷でおます。よろしゅう頼んます。」
でかくて優しくて温かい手が俺の小さな手を包み込んだ。心からほっとできる握手だった。