夜行バスで#5 (乗務員の回想)

午前8時40分、終点に到着したバスのドアから次々と乗客が降りていく。
休日ではあるものの、計18人と数は少ない。だが、降りてきたのは17人。
最後にスーツ姿の紳士が降りてからは誰も出てこない。また寝過ごしてる人がいるようだ。
1階に人がいないのを確かめてから、俺は同僚に2階へ行くと告げて階段を上った。
・・・ぐがあああああ、ぐごおおおおお、ぐふううううう・・・
前のほうか。すげえいびきですぐに分かった。いるんだよなあ、平気で寝過ごす客が・・・やれやれ。
だが、いびきのするほうへ近づくにつれて、なんか変だった。
くせえ。直感的にウンコの匂いだと思った。
匂いはどんどん強くなる。くっせえ、誰だよ。漏らしたまま降りたのか?
そして、俺はたどりついた。大いびきで寝てる客、ウンコ漏らしの犯人と思われる親父のもとに。
座席表を確認すると「大熊」とある。なるほど、熊みたいな髭面の怖そうな親父が熊みたいにいびきをかいてるわけだ。
50代後半かな。その禿げ親父の椅子からぷわーんと下痢便の匂いが立ち上っているのは明らかだった。
「大熊さん!大熊さん!起きて!終点ですよ!」
少しためらったが、肩を掴んでぐいぐいと揺さぶる。全然起きない。
団子みたいな鼻をぐわあっと膨らませてでかいいびきをかき続けてる。あれ、鼻の下、なんか茶色いぞ。
「大熊さん!お父さん!起きてください、お父さん!終点に着きましたよ!」
肩を揺すりながら耳元で大声を出した。早く起きろよ、この親父!
やっといびきが止まった。熊親父が投げ出された太い足とでっぷりした体をもぞもぞと動かしはじめる。
「お父さん!終点ですよ!」
大熊が目を開けた。すううっと大きく息を吸った次の瞬間。
「・・・くせっ!!」
起きて最初のせりふがそれかよ。まあ、確かにこの辺めちゃくちゃくせえけど。
「くせえっ!なんじゃこりゃ!」
親父が毛だらけの太い指で鼻の下をこすると、その指にあの茶色いものがくっついた。まさか・・・。
「くせっ!くっせえ!」
指の匂いを嗅ぎながら大熊が吠える。それからようやく俺に気付いた。
「ワシずっと寝とったんか?」
ドスの効いた声に畏怖を感じつつ、「はい、もう終点です。」と答えた。
「そうか・・・。」とつぶやきながら腰をもぞもぞ動かした大熊が急にぎょっとした顔になり、どんと立ち上がった。
「くせっ!うわっ、これワシがやったんか?」
はい、おそらく・・・。
親父が示した座席には、尻の部分を中心に茶色いものが何カ所にも付着していた。
尻を上げたせいで、もうもうと下痢の匂いが上がってきた。くっせえなあ。
「お父さん、ここは掃除しますからバスから降りてください。終点ですから。」
まさか本人に掃除させるわけにはいかない。とにかく降りてもらおう。
「すまん!酔っぱらいすぎてウンコ漏らしてしもた。堪忍な!うわあ、臭いのう、どうするんや!」
大熊は俺に「堪忍な!」と何度も謝ってきた。禿げ頭をかいて、髭の強面が情けないほど真っ赤だ。かわいそうな親父。
「大丈夫ですよ、お父さん。ちゃんと掃除しますから、降りていいですよ。」
「すまんの・・・じゃあワシ降りるわ。ウンコ漏らして情けないのう。堪忍してくれ、堪忍な!
ああ、くっせえ!くっせえ!体洗わんと!くっせえ、くっせえ!」
大熊が背を向けて階段へ向かった。
その尻が見事に茶色だ。漏れた下痢がジャージのズボンにまで染み出してしまったんだろう。
にしても、でかいケツ・・・。言葉もなんか荒っぽいし、怖い職業の人なのかな?
大熊の巨体を見送ってから、俺は改めて座席を確認した。
とりあえず、空き缶やらカップは回収しよう。ったく、飲みすぎだっつうの。
椅子は・・・駄目だ、車庫に入れてからじゃないと掃除できそうもない。
青の座面にはっきり分かる大量の茶色いもの。股の間から尻にかけて。
そして、俺の目は背もたれの近くで釘付けになった。泥のような下痢便が半分かぴかぴに乾いてこんもりと乗っているではないか!
「堪忍してくれ・・・。」と髭面を赤らめた大熊の姿が思い浮かぶ。
 
「俺、車庫入れしときます。2階ちょっと汚れてるんで掃除しないといけなくて。」
同僚を降ろして車庫に入る。
誰もいないバスの座席で。
・・・俺は、かぴかぴの下痢を口いっぱいにほおばった!
「うんめ!くっせ!大熊の糞くっせえ!うんめえ!」
椅子全体も舌でべろべろなめて、酒飲み親父の尻の苦みを味わう。
「にんげ!親父の下痢汁うんめえ、くっせえ、にんげえ!」
 
幸いに明日から平日だったため、その椅子に客を座らせないようになんとかやり過ごすことができたわけだが、
親父の下痢便臭は拭いても消臭剤をかけても消えず、次の週末までしつこく椅子に残った。
不思議だったのは、親父の座席の毛布だけでなく、きちんと畳まれた隣席の毛布の中が下痢まみれだったことだ。あれには仰天した。
しかも、親父の毛布のほうは下痢だけでなく、明らかに精液で汚れていた。べっとりと大量に。
あの夜、あの座席で何かすさまじいことが起こったのかもしれない。
もちろん、2枚の毛布とも今は俺の家の布団の上ですさまじい匂いを発している。
 
(完)