引っ越し屋の親父#3

夜10時。
家へ帰る道の途中でふらっと入ったスーパーで俺は見かけた。
最初は人並み外れたごつい体のおっさんだなと思っただけだったが、よく見ると角張った顔に太い眉。
買い物かごをぶら下げている二の腕はすげえぶっとい。倉森さんだ!
引っ越しのときに見た作業着ではなく、グレーの綿パンにTシャツとかなりラフな格好だ。責任者だし、今の時間まで帰りが遅くなっちゃったのかな。
俺はすたすたと近づいて、総菜売場でかごにいろいろ詰め込んでいる彼に、倉森さん、と声をかけた。
こちらに振り向いた瞬間に俺が誰だか分かったようだ。嫌悪の色がぱっと浮かんだかと思うと冷静な顔つきに戻り、ぺこっと頭を下げた。笑ってはくれなかった。
「また肉食中心なんですね。」
かごの中には割引シールの張られた唐揚げやらソーセージやらがどっさり入っている。それを「肉食中心」と表現されて、倉森はまた嫌悪の表情を浮かべた。
あのソーセージを焼いたような濃い肉質のウンコを俺の目の前でもりもり排泄したのを思い出さずにはいられないはずだ。皿を割った罰とはいえ、すごく恥ずかしかったに違いない。
ウンコもオシッコも大量だったからセンズリには困らなかったし、初めて食ってみたウンコは苦くてまずくて印象的だった。オシッコも濃くてしょっぱくてえぐい味がした。
48歳の親父のウンコとオシッコは小さな冷凍庫の中をほぼ占領している。ときどき解凍してなめたり食ったりして、肉体労働者の排泄物を楽しんでいた。
俺はその一部始終を倉森に伝えた。
「倉森さんのでっかいウンコ、まだ俺んちにありますよ。冷凍保存してて。すげえ苦くてまずい味しますよ。肉の食べカスがいっぱい出てきます。」
倉森は聞きたくなさそうにしていたが、売場から立ち退くわけにもいかず、でかい手でかごを持ったまま俺の話を聞いていた。
「近くに住んでるんですか?」
即座に首を横に振った。
「事務所が近いんですよ。夜に食う物をこっちで買ってから帰るんです。家に着く頃にはコンビニしか開いてませんから。」
丁寧な言葉遣いはしてくれているが、低い声のせいか感情を押し殺しているように聞こえた。
「帰りが遅くて大変ですね。」
「いつもこうですよ。君も仕事の帰り?」
「はい。今日はたまたま残業で。倉森さん、それ全部一人で食べるんですか?」
俺にしてみれば一週間分の量だ。倉森は不快そうな顔をして、そうですよ、と答えた。
「奥さんいらっしゃるんでしたよね。晩ご飯作ってくれないんですか?」
「これだけ遅い時間だからね。私のことは気にしないでください。」
「毎日この時間にここに来てるんですか?」
「そうですよ。もういいですか?」
やっぱり、俺と話すのがいやなんだ・・・。
そりゃそうだよな。排便をまともに観察されただけじゃなく、ウンコを冷凍保存されてセンズリに使われたり、勝手に食っておきながらまずいって言われたりしたら、いくら分別ある大人でも怒りや恥ずかしさを抑えるので精一杯なのは当然だ。にこやかに会話なんて続けられるわけがない。
俺が黙って立っていると倉森が動き出した。残されていたホットドッグ2本をまとめて詰め込むと、用は終わったとばかりに総菜売場から立ち去ろうとした。
・・・いやだ。倉森さんのケツをなめさせてほしい。ウンコが出るところ、また見せてほしい。
「倉森さん。」
口をついて出た呼びかけにごつい体の男がぴたりと停止してこちらを見る。
あの変態行為を嫌悪してはいるが、俺を邪険に扱う気はないようだ。いつお客さんになるか分からない存在だからなのか、この前の失態を二人だけの話にしてしまった負い目があるからなのか。
「よかったら、俺んちで飯食っていきませんか?レンジもあるし、あっためられますよ。」
我ながらまるで魅力のない誘いだったが、とっさに出てしまった。
倉森は驚くわけでもなく、いやがるわけでもなく、ただ俺の顔を見つめている。俺がテンパってるのがすぐに見て取れたんだろうな。
「いいですよ。君はおじさんがタイプだって言っていたから、引き留めたいんだろ?別に浮気するわけじゃないからすぐ電話するよ。君も食い物選んできていいよ。」
小躍りなんてもんじゃなかった。スキップのように浮き足立つ体をなんとか平常心で動かして、俺は自分の晩飯を選んだ。
倉森さんは奥さんに電話してる。あの高圧的な話し方だ。やべえ、男らしすぎる。
この人が今から俺の家に、と思うだけで俺の頭には様々な妄想が一気に駆け巡った。主に臭い妄想が。冷凍庫満杯の倉森ウンコとか。
電話を終えた親父は酒のコーナーで何本かかごに放り込んでから俺のいる菓子コーナーにやってきた。
「甘い物が好きなんだな。酒飲めるか?」
俺は笑顔でうなずいた。もう敬語を使うのをやめたようだ。
レジで倉森さんは俺の分まで会計した。驚いたがもう遅い。倉森さんは言った。
「この前は君からの罰を受けただろ?これは俺からのおわびだよ。」
倉森さんは少し照れ笑いを浮かべていた。