羽倉盛り#1

「エル・シチリアーノ」のシェフ、羽倉慶次、54歳。
彼は、俺がこの春に採用決定をもらった、操業19年のイタリアン料理店の店主だ。
唐突だが。
俺は、羽倉さんを一目見た時からめちゃくちゃ好きになってしまった。
若い頃に修業で渡欧し、地中海に臨むシチリア島で数年を過ごす間、
休日には照りつける太陽を全身に浴びながら岩場で泳ぐのが趣味だった、とにこやかに教えてくれる羽倉さんは、
長身の肉体にスポーツマンらしい見るも美味そうな筋肉を胸から足にかけてしっかりと蓄えていた。
それなのに、全体として決して細身の体格というわけではない。
日焼けには気を遣った、と語る肌は日本人離れしたシルク色。鼻筋の鋭い南方系の顔。
まさに、ラティーノ、と呼ぶにふさわしい、誰が見てもセクシーな男の色気を感じさせる陽気なおじさんだった。
俺は悪いなと思いながらも、家に帰ればそんな羽倉さんを毎晩のオカズにしていた。
 
「優ぅ!おーい!」
「シェフ呼んでんぞ!布谷!」
ぴんと張りのある羽倉さんの大声が聴こえなかったのではないが、先輩コックの外川さんに怒られてしまった。
フロアの準備を急いで中断して厨房へ向かうと、調理用の制服に着替える前の羽倉さん。
優しい笑顔に安心。それに、いつも選んでくる私服のセンスもすごくいい。
「優、お前今日はこっちの準備してくれ。」
メインとは完全に仕切られたその個室には、6人がけの広めのテーブルが一つ。
六本木という土地柄、様々な種類の客をおもてなしするために用意された、完全予約制の真っ白な部屋だった。
「優はまだお目にかかったことのないお客様だよ。7時にいらっしゃるから、そしたらきちんとお相手して。」
羽倉さんは軽く一言投げてその場を出ていったが、彼がこういう風に改めて念押ししてくるのは珍しかった。
「すげえ大事なお客様なんだよ。俺も手伝ってやるから、粗相しねえようにな。」
不思議がる俺に答えてくれた外川さんの顔は少し曇っている気がした。