ロマンスグレーの敗戦#6

俺はブルーシートを持ってつかつかと直立の鶴田の前に歩いていった。
「鶴田。今からシートを敷くから、その上に靴脱いで上がってくれよ。それからは俺が脱がすからさ、おとなしく検査を受けてくれ。」
さっき聞こえた腹の下る音はまるで知らないふりで鶴田を促す。
紳士は腹を手で押さえながら声の代わりにこくんとうなずいた。急激な腸の運動に声も出せないようだ。
ぎゅぎゅぎゅぎゅるるるるぎゅるるるるぎゅるぎゅるぎゅぎゅぎゅるるるううううう。すげえ音だな。マジで効果てきめんじゃねえか。
ぐはは、もっと苦しめ。俺はわざとゆっくり手を動かしてブルーシートを事務机横の床に敷いた。前回も使ったシートだ。
あのあと一応汚れが落ちるまで水でしっかり洗っておいたが、親父の下痢漏らしの鋭い匂いはまだわずかに残っている。
鶴田は少し腰を折り曲げたままで、片方の革靴のかかとでもう一方を押さえつけて靴を脱いだ。
黒靴下を履いた右足がシートに付くと、なんと脱いだ革靴にかかとをこすりつけて靴を脱ぎ、左足をシートに置いた。
磨き上げられた上質な黒の革靴が2足とも乱雑に床に転がっている。
「なんて行儀の悪い靴の脱ぎ方してんだよ。60にもなって恥ずかしくねえのか?」
鶴田の精悍な顔に恥じらいの色が浮かぶ。もちろん、このくらいの年齢で社会的地位も充分に高い男なのだから、普段はたとえ家の中であってもそんな不格好な靴の脱ぎ方などしないはずだ。
ぐるるるるるぐるるるるるぐるるるぐるるるぐるるるううう。かばう手の向こう側では、男のはらわたが低音で不気味にうねる。
そう、紳士は手が使えないに違いない。靴べらも用意されていない今、腰をかがめて手を伸ばす動作は地獄の苦しみを増幅させる要因にしかならないことを、聡明な彼は直感したのだろう。
「も、申し訳ないです・・・。」
精一杯の声を絞り出す紳士に俺は容赦なく命令した。
「こら、下痢便鶴田。ちゃんと靴直せよ。ガキじゃねえんだぞ。」
「は、はい・・・あっ・・・ああっ・・・。」
腹がガスでぱんぱんになってきたようだ。ついに腸がごろごろ鳴り出した。
腰をくの字に折って必死に革靴に手を伸ばすのだが、届かない。足の長さが災いしているんだな。
「しっかり腰かがめたらいいだろうが。尻もどんと突き出してさ。育ちが良すぎて靴の並べ方も知らねえってか?」
「い、いえ、そんなことは・・・。」
「じゃあ、ちゃっちゃと手え使って靴直せよ。早く検査してえんだからよお。」
意を決して鶴田が腰をぐっとかがめ、やっとのことで革靴に触れた。そのとたん。
ぐるぐるぐるぐぶぶぶぐぶぐぶごぼぼぼぐぶぐぶぐるるるるるううううう。
屁かと聞き間違えるほど壮絶な腸の運動音が紳士の腹で鳴り響いた。
「ああっ!」
またあのあへ顔だ。一気に増幅した腹の違和感に苦しみながらも、ロマンスグレーの紳士はなんとか革靴をきれいに並べたが、今度は腰を上げられないようだ。形のいい尻のラインを宙に浮かび上がらせている。
俺はこのときになってようやく、初めて腹の音に気づいたようなふりをして親父に尋ねた。
「おい、下痢便鶴田。今の音は何だ?なんか、お前の体から変な音しなかったか?」
気づかれたくない物を指摘されて、上品な紳士は顔を赤くした。腹痛があるなら、血の気が引いて青白い顔になりそうなもんだが。相当恥ずかしいんだろう。
「わ、はい・・・その、腹の具合が、あっ・・・!」
ぎゅるぎゅるぎゅるるるぎゅるぎゅるぎゅるるるぎゅるぎゅるぎゅるるるぎゅるぎゅるぎゅるるるううう。
これはつらそうだ。60の男の意志を全く無視して、腹の中の固形物と水分が強制的に絞り上げられ、長い腸内を一息に駆け下る音だ。その行き先は、ぎゅっと閉じているであろう肛門で間違いない。
「もう靴は直したんだし、立てよ。腹が痛くて立てねえのか?」
鶴田は肩でふうふうと息をしながらつらそうにうなずいた。
床の上に手を付いて体を支えている。なんとか俺の要求に応えようと、立ち上がる準備をしてる状態だ。偉い偉い。
「ほら、立って検査始めようぜ。俺は鶴田のケツとチンポが見てえんだよ。」
「わ、分かりました。・・・ふううっ!」
ひときは大きなうなり声を上げて、紳士が勢いよく立ち上がった。当然、腸の居所も変わるから、駆け下る固形物のスピードも急激に加速する。
ぐぎゅうううううぐぎゅるるぎゅるぎゅるぐぎゅるるるぎゅるぎゅるぐぶぶぶごぼごぼごぼぐぎゅぎゅぎゅるるるるるううううう。
「ぐおお・・・!」
鶴田には珍しい、濁った苦悶の声を上げて、またもや腹に両手を当てた。俺は近づいて、その手を下へどけさせた。
「下痢便鶴田君は、もしかして下痢便垂れそうになってるのかな?」
「はい、なぜかは分からないのですが、うううっ、急に、腹が下ってしまって、ああっ、すみません。トイレを貸してもらえませんでしょうか?」
俺は紳士の目を見た。強い便意のせいで焦点がぶれはじめている。
「漏れそうなのか?」
捨て犬のような哀れっぽい目で俺を見返す鶴田は、どの還暦親父よりかっこよくて無様だった。
「はい、もう、漏れそうです・・・。お願いですから・・・。」
ぐぎゅぎゅぎゅぐぎゅぎゅぎゅぐぎゅぎゅぎゅぐぎゅるぐぎゅるぐぎゅるるるるるるるううう。
ほんとだ。このまま置いといたらこいつは絶対にお漏らしだな。うんうん、下剤の効果はばっちりだ。
俺は、もはや極悪と言っていいレベルの腸の運動音を最後まで聞き終えてから、便意をこらえる初老の紳士に面と向かって絶望の言葉を告げた。
「駄目だ、トイレは貸せない。今ブルーシート敷いただろ。我慢できなくなったらここで下痢便ぶちまければいい。」
「そんな・・・。頼みます・・・。恥ずかしいです・・・。」
鶴田が泣きそうな顔になる。だから、あんまり俺をそそらせるなよ。
「下痢便鶴田がまた下痢便鶴田になるだけだ。それより、早くケツとチンポ見せてくれよ。今からズボンとパンツと靴下、脱がせてやるからな。
漏らすんなら、そのあと思いっ切り漏らしていいぜ。ちゃんと片づけてやるよ。」