還暦の穴#9

「君のこと、いい奴だと思ってたんだぞ!ひどいことしやがって!この変態!!」
通路を行き交う人たちが奇異な横目を向けて通り過ぎるのもお構いなしで、土肥さんは吠えた。
「どうしてくれるんだよ!会社に行けないじゃないか!責任取れよ!!
それとも、警察に・・・!」
「ケツでいかせてください。」
土肥がぎょっとした顔をした。
「・・・ってお願いしたのは?」
「・・・き、君が言わせたんだろうが・・・。俺は・・・。」
「土肥さん。」
「なんだよ。」
目を見て、ゆっくりと告白した。
「俺は変態です。けど、土肥さんのことがすごく好きなんです、尊敬しています・・・。」
「それは分かってるよ!!」
土肥さんが大きく腕を振り上げる。
そして、握った拳を、俺の脳天に振り下ろした。
「やり方があるだろって言ってるんだ!尊敬する人に対して、あんなのいきなりひどすぎるぜ・・・。」
俺の頬が、顔が、熱くなってきた。胸が、締め付けられてきた。
「・・・ごめんなさい。俺が悪かったです・・・。」
「悪いなんてもんじゃないな、犯罪だよ。警察行くか?」
「えっ・・・そ、それは・・・。」
土肥さんの目は全く笑っていない。やばい。
「犯罪なんだぞ。俺は君を警察に突き出してもいいんだぜ・・・。」
「土肥さん・・・。お願いです。警察だけは・・・。」
土肥さんの、怒った顔が、ぐっと近づいてきた。そして。
「ぷっ、バカ野郎!」
どん!と、また俺を殴った。
「俺が『この人、痴漢です』って、言えるわけないだろ。君を試したかったんだよ。ちゃんと反省してくれたか?」
土肥さんの目に少しだけ、いつもの優しさが映ってる。何十年ぶりかで見るようだ。
「・・・は、はい。けど、俺やっぱり変態ですから・・・。土肥さんとはもう・・・。」
こんなに正面から俺を攻めてくる親父は、初めてだった。
それだけに、朝には似つかわしくないほどの絶望感が、俺を覆い尽くしていた。
「君の態度次第だな。俺をこんなにしておいて、逃げるなんて許されないぞ。責任取ってくれよ。」
見ると、土肥さんの濃紺のスーツズボンには、股から太腿にかけて精液と我慢汁のシミが広がっていた。
たぶん、後ろだってシミにならないまでも相当下痢臭いはずだ。
トランクスは前も後ろも汚れすぎて、もう下着とは呼べない状態だろう。
「それに、俺は君と縁を切ろうとは思ってない。君が誠意を見せてくれれば、また付き合おうじゃないか・・・。」
土肥さんの目・・・。
もしかして、どろんとしてる?!
鼻にもまだ糞が入ってるかも・・・。
「・・・土肥さん。俺、やっぱり土肥さんが好きです。」
「分かってるよ・・・。」
「土肥さんのトランクス、Lサイズですよね。俺、代わりの持ってます。あそこの障害者トイレで履き替えませんか?」
土肥の目に、暗い、濁った色が差し込んだ。
間違いない。
これは、Mが責めてもらいたがってるときの、淫欲に取り憑かれた目の色だ。
「そんなパンツ履いて帰ったら、奥さんに怒られちゃうよ・・・。」
「破れたから新しく買った、ってことにすればいいんですよ。」
「君は・・・これまでいろんな親父を泣かせてきたんだろ?俺も、その一人ってわけじゃないのか?」
「今は、土肥さんしか、食いたい親父は、いません。」
土肥が、ははは、と力なく笑った。
そして、下痢まみれの俺の右手を、じっと見た。
「ウンコが出そうだ。トイレに行こう。パンツも履き替えたいよ・・・。」
「俺が土肥さんのウンコ、全部かき出してあげます。
パンツも、今履いてるのと交換が条件です。
土肥さんの汚いケツ、俺の指と舌で、きれいにしてあげますよ。」
「勝呂君、君は全く反省してないなあ・・・。」
土肥がトイレに向かって歩き出した。
小太りの体、薄い白髪の卵頭。
むっちりした尻を、もうもじもじさせている。
便意をこらえているのか、芽生えた被虐心をこらえられずにいるのか、俺にはどうでもよかった。
土肥次郎の、還暦の穴は、俺様の物だ。
胸の中にはまた、邪悪な責め師の炎が揺らめきはじめていた。
 
(完)